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更に弁護士業務広告について

しつこいようですが、引き続き弁護士業務広告について。

なぜ、平成12年までは弁護士が広告を自己規制していたかと言うと、それは弁護士の職務内容に密接に関連していると思います。

弁護士の扱う仕事は、多くが人の悩みや苦しみに関連することです。一生に何度も弁護士に依頼するという人は(事業をやっている人はともかく)それ程多くはなく、大部分の人にとっては一生に一度依頼するかしないかでしょう。

そうすると、我々が取り扱う内容は、多くが「一生に一度の悩み事」だということになります。

そのような、人の悩みや苦しみに直接関与することの重さを認識し、そのことについて「畏れ」や「責任」を感じていなければならないのだと思います。

世間では、他人の悩み事や弱みにつけ込んで食い物にするような、いわゆる「事件屋」と呼ばれるような方もいます。そうした方に介入されると、問題は更に複雑化し、依頼した方にとっては二次被害の状況が生じます。

我々弁護士がそのような人たちと一線を画すのは、的確な法律知識と、正義感や人権感覚をおいて他にありません。

また、紛争当事者の方には、相手方に対する恨みや憎しみが前面に立って、ともすれば報復的なことを希望される方もいらっしゃいます。

そのような要望についても、法的に許される範囲内で的確に対処し、満足を得てもらえるようにしなければなりません。

したがって、事件そのものから一歩引いた目線を持っていることも必要になります。

そのようなことを考えると、事件を単にビジネスとして軽く扱ったり、事件にべったりになったりすべきではなく、ましてや自分から事件を追いかけるようなことは慎むべきということになります。

仙台弁護士会では、私が入会するよりも遙か以前に有名な冤罪事件がいくつかあり、その被告人の弁護には党派を超えて多くの弁護士がそれこそ手弁当で参加したという話を何度も先輩から聞かされました。

そうした活動も、弁護士業務を「商売」ではなく、「プロフェッション」であると強く自負していたからこそできたことだと思います。

こうなってくると、ことは弁護士業務広告だけの問題ではなく、弁護士としての職務のあり方全体に関わる話になってきますが、やはり弁護士業務を商業化していくことが全体としての職業倫理の低下につながることは否定できないと思われ、私としては抵抗を覚えます。

もちろん、広告を出していない弁護士の方が職業倫理が優れているとは言えませんし、依頼者とトラブルを起こしたり、懲戒にかかる人は大勢います。昔の弁護士のあり方が、ユーザーの方にとって「敷居が高い」「弁護士は 威張ってばかりいる」と批判されていたこともそのとおりです。

なので、私は弁護士もサービス業であることの自覚を持つことも必要であると常々思っていますし、若い弁護士さんとお話するような機会にはそういったことも言っています。

ただ、サービス業であるということは、例えば依頼者への説明を十分にしてコミュニケーションを大事にするとか、事務所に複数の弁護士が所属するようにして仕事の合理化・迅速化を図るとか、そういう方向で果たされるべきであって、TV広告を大量に流して多くの事件を引き寄せ、割りの良さそうな事件だけを引き受けてあとは切り捨てたり、事件を事務員に丸投げしたりするようなやり方はやはり弁護士倫理の根幹に反していると思います。

プロフェッションとしての面とサービス業としての面と、どちらにどの程度軸足を置いていくべきなのか、我々は今、大きな岐路に立たされているのではないかと思います。

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コメント

プロフェッションとしての面とサービス業としての面と、どちらにどの程度軸足を置いていくべきなのか悩むということ自体、弁護士が一般人の常識から外れていると思います。お客様かお金をいただいている以上、サービス業として十二分に仕事をするのが、当然の前提でしょう。

プロフェッションとしての仕事は、余力があるものが行える「特権」だと思います。今までの弁護士の問題点は、その「特権」維持のために、国家権力による強力な参入規制を利用し、お客様を犠牲にしてきたことです。

誰だって、自分が犠牲を払わなければ、人の役に立ちたいし、良いカッコもしたいのです。弁護士も、そうしたいのならば、お客様を食い物することなく、自分の力ですべきだと思います。

同業者さん、コメントどうもありがとうございます。

確かに、これまでの(特に司法試験合格者が今よりずっと少なかった時代の)弁護士が参入規制に守られて特権的な面があったのは事実だと思います。

他の業種の方々に比べれば弁護士は恵まれた立場にあり、もっと身を削ってユーザーへのサービスを尽くすべきだというご意見も最もだと思います。私も弁護士業界はもっと努力しなければならないことが沢山あると思っています。

ただ、それだからと言ってプロフェッション性を失って単なる営利事業のようになっていくことはとても残念なことだと思いますし、かえってユーザーの方の利益にもならないのではないかと思うのです。
また、弁護士法の「基本的人権の擁護と社会正義の実現」という理念からも外れてしまうと思います。

弁護士人口が大幅に増えつつあり、商業化の契機が急速に強まっていく中で、弁護士法の理念とどう調和させていくのか、難しい問題ではないかと思っています。

そのことが「どちらにどの程度軸足を・・・」という表現になっている訳です。

また、ご意見をお寄せいただけると幸いです。

私は商業性と公益性の両立は可能だと思います。
一般企業もそうですよ。
自動車、家電、百貨店などはよいサービスを商業的に提供することで、国民の生活に役立ってきました。

テレビで大量に事件を集めている事務所がはたして採算性の低い事件を切り捨てているのか? これも疑問です。少なくとも、一部の事務所はヤミ金案件も安くで受けていると聞きますが。

何よりも、事件を大量に受ければ経営面で余裕ができるから、採算性の低い事件を気にせずできるようになると思います。

経営がギリギリ、人も少ない、そういう事務所だと、採算性の低い事件に人手を割きたくないからついつい避けてしまうかも知れませんが、大規模化した事務所なら例えば毎月100件の中に1件や2件割の合わない事件が混ざっていても気にならないでしょう。

事務員任せは問題ですが、昔から秘書に清書させて準備書面を出していた弁護士は多いわけで、補助者の活用がそんなに悪いことだとは思いません。

先生もご存じの通り、定型的な書面も多いですよね。いくら定型的な仕事ではないといっても、フォーマット集が売られているわけですから、定型的な部分も多いことは否定しがたいと思います。

テレビやラジオの広告は市民側から見れば不可欠ですよ。気楽に相談できるじゃないですか。

少なくともお客さんを呼ぼうとしている事務所になら相談に行っても“こんなつまらない案件持ち込んで・・”みたいな顔をされることはないでしょうからね。

何よりも、ほとんどの人は身近に弁護士なんていないわけで、広告がなかった時代、弁護士に相談するという文化が日本で育たなかったのもうなずけます。

その時代が良かったとなると、日本人には法律家のサポートを受ける権利はないのか?

ということになりますね。

この辺がかつてのサラ金地獄や、労働法無視の慣行ができてしまった根本的な原因だと思いますが。

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