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2009年7月の4件の記事

タイ料理:バンタイランナー

こちらのお店も、以前の記事にコメントを寄せてくださった方ご推奨のお店です。

私もタイ料理は結構好きなので、事務所の近くにこんな本格的なタイ料理のお店があるのは嬉しい限りです。

ランチにしか行ったことがありませんが、ランチメニューは全部セットで1050円均一。

定番のグリーンカレーやタイ風焼きそばのパッタイもとてもおいしいのですが、やはり一押しはトムヤムクンのヌードルでしょう。

具材・スープ共にかなり本格的な味です。辛さは抑えてあるようですが、それでも食べ進むうちにじわじわと汗がにじみ出てきます。特にスープは後を引く味で、ついつい全部飲んでしまいます。

これにタイ風サラダとチャーハン、デザートにコーヒー付きでもうお腹いっぱい。「コプクンカー」(タイ語でありがとうの意味)って気分になって店を出ます。

このお店もいつも意外と女性率高いです。女性って、タイ料理好きなんですかね。

ところで、トムヤムクンにもたくさん入ってる香草ですが、どの範囲のものまで食べられるんでしょう?

口の中にモゾモゾ残るのもあるので、私はいつも途中で諦めて残してしまいますが、頑張って全部食べるものなんでしょうか?それとも、最初から食べないものなんでしょうか。

3階にはタイ式マッサージのお店もあるので、仕事の手が空いたらこっそり1時間くらいマッサージに行ってやろうと狙っているのですが、なかなか実現していません。小さな夢ってとこです(ホントに小さい・・・)。

バンタイランナー

http://www.banthailanna.com/index.html

テロリストのパラソル:藤原伊織

以前の記事(人間失格:太宰治)にコメントを寄せていただいた方が紹介してくださった小説です。

史上初めて、江戸川乱歩賞と直木賞を同時受賞したという日本版ハードボイルド小説だそうです。

いわゆる全共闘世代の主人公が、20年の歳月を経てアル中のバーテンダーに身をやつし、ある日曜日にいつものように近くの公園に行って朝からウィスキーの小瓶をあける・・・という場面から物語りは始まります。

状況説明もそこそこに、突如として公園でおこる大規模爆弾テロ事件。

かろうじて難を逃れた主人公が見たテレビニュースで、その事件の被害者として、20年前の「同志」だった2人の名前が目に飛び込んできます。

全共闘時代の3人の「同志」の、20年に及ぶ数奇な人生の歩みがある日ある時間にある公園で1つに交わったという偶然。

主人公がその謎を追ううちに、思いもかけない真実が明らかに・・・というお話です。

私はいわゆる全共闘世代よりは少し遅れて大学に入学しましたが、私の頃も大学の寮にはまだ学生運動の残照的な雰囲気が残っていました。そのため、恥ずかしながら、全共闘の時代にはちょっとしたシンパシーを感じています。

あの時代に、ある意味1つの信念に燃えて燃え尽くした人たちが、その後の人生をどんな気持ちで送っているのか、興味があるところです。それぞれにあの時代を引きずり、又は忘れるよう努めながら生きて来られたのでしょうか。

この小説で描かれた3人の生き様は、きっと、そんな全共闘前後の世代の方々の共感を得たのだろうと思います。

それにしても、作中に登場人物の作として紹介される短歌

「殺むるときもかくなすらむかテロリスト蒼きパラソルくるくる回すよ」

は、本当に悲しい歌ですね。作中でのこの歌の作者(誰がいつ詠んだのかはネタばれなので言えませんが)の気持ちを思うと、本当に切なくなります。この作品全体を象徴するような、とても印象的かつ効果的な短歌だと思います。

どこに出てくるのか、是非、作品で確認してみてください。

作者の藤原氏は残念ながら2007年にガンで逝去されておられます。

ご自身の人生も波瀾万丈だったようで、作品中の主人公の生き方に重なるものがあったようです。

ある遺産分割事件

長いこと取り組んでいた遺産分割の事件が、先日やっと終わりました。

被相続人(亡くなられた方)がたくさん土地を残しておられたため、その分け方で意見がまとまらず、解決まで結局3年余りを費やしてしまいました。

遺産分割事件は我々弁護士の仕事の中でも長期化しやすいものの1つです。というか、最も長期化しやすい案件と言ってもいいかも知れません。

それだけに、無事終わると安堵感もひとしおです。

今回は、最終的に審判(家裁の裁判官が分け方を決めてしまうこと)になったのですが、私が受任していた奥さんと娘さんには結構な寄与分を認めてもらうことができ、より一層嬉しい解決になりました。

被相続人が10年以上にわたり病気療養を続け、気管切開手術もしていたため、亡くなる前には何年間も気管から痰の吸引をしてあげなければならず、それこそ夜も寝る暇がないほどだったという方でしたので、寄与分が認められたことについてはご本人たちも大変喜んでいただいたようです。

寄与分というのは、遺産相続の場面としては単に相続分をどれだけ上乗せするかしないかという数字の問題になってしまうのですが、ご本人にとってみれば、それ以上に自分がどれだけ被相続人の方のために尽くしたかを判定してもらうというような気持ちが強いように思います。だからこそ、5%でも10%でも裁判官に認めてもらうことだけで、自分の苦労が報われたという思いを強くするのではないでしょうか。

現実には、「ちょっとやそっとの療養看護は、家族として当然」という理由で、なかなか寄与分が認められないのが辛いところですけどね・・・。

郡山市で東北弁連定期大会開催

金曜日、東北弁護士会連合会の平成21年度定期大会が福島県郡山市で行われました。

私は前日の理事会からの出席でしたので、前泊しました。

東北弁連の定期大会では、午後からの式典に先立ち、午前中に記念シンポジウムや記念講演が行われることが通例で、今年は派遣村の湯浅誠さんと、労働問題に取り組んで来られた弁護士の2名による講演会がありました。

湯浅さんのお話は新聞やテレビでも見聞きしていますが、やはり労働者の置かれた現状は惨憺たるものがあることを痛感させられます。

派遣や非正規雇用の労働者は仕事があるときでも常に余裕のないぎりぎりの状態に置かれており、仕事がなくなると一気に住居も生活の安定も失われてしまうという「すべり台社会」が今の状況だというのは本当にうなずけるものがあります。雇用対策も生活保護等の福祉政策も現実には全然セーフティーネットになっていないという現状は、いったい何なのかと考えさせられます。

と同時に、湯浅さんが言っておられたのは、弁護士がそのような窮状にある人たちにとって、気軽に相談したり何かを依頼したりできる存在になっていないということでした。

特に耳が痛かったのは次のようなお話です。

「生活保護申請の同行援助(申請がきちんと法律通り認められるように役所に同行して掛け合うなどの支援を行うこと)でも、法テラスを利用すれば受任弁護士には1件7万円余が報酬として支払われるが、弁護士は割に合わないとして受けない人も多い。自分たちがもしそんなにもらえたら、蔵が建つんじゃないかと思うくらいであり、弁護士さんはまだまだ殿様商売なんじゃないか」

手弁当でそのような支援活動を以前からやってきていた湯浅さんにしてみれば、弁護士はさぞ贅沢な人種かと思っておられるのだろうと思います。

知らず知らずのうちに、我々も貧困問題の加害者になってしまっているのかも知れません。

同様に、正規の労働者の方々や一般の方々も、「自分は大丈夫だから」と他人事のように傍観するのは、社会全体が貧困問題に加担していることになるのかも知れません。

いろいろなことを考えさせられた講演会でした。

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