« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月の7件の記事

デザート盛り合わせ、あなたは「ちょっとずつまんべんなく」派?それとも「1品ずつ完食」派?

これって結構人によってどっちかに決まっているみたいで、面白いですね。

私は断然「ちょっとずつまんべんなく」派です。

だって、せっかく「盛り合わせ」として出されているんだから、いろんな味をちょっとずつ食べないと、盛り合わせの趣旨に反するような気がしません?

って言うか、何となく損したような・・・(結構貧乏症です)。

多分、「1品ずつ完食」派の人は、あちこち食べかけになってると、汚く見えて嫌なんでしょうね。それはそれで分かる気もしますが・・・。

少し前に事務所で食事会をしたときに見ていたら、私の担当の事務員は私と同じく「ちょっとずつまんべんなく」派で、一緒にやってる女性弁護士とその担当事務員はどちらも「1品ずつ完食」派でした。

こういうところにもコンビネーションって出るもんですね。

日弁連が弁護士報酬のクレジットカード払い解禁見送り

3月18日の理事会で、日弁連が弁護士報酬のクレジットカード払い解禁を見送ることを決定しました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090321-00000543-yom-soci

元はと言えば、1992年の中坊公平会長時代に、弁護士報酬のクレジットカード払いについて、「カードの乱用に警告を発すべき立場の弁護士がカード会社と提携することは相当でない」等の理由で会員に対して自粛を求めていたものを、ここに来て、カード払いの普及に伴い、1回払いだけなら解禁しても良いのではないかという声が高まったことから、各地の弁護士会にも意見照会をした上で、今回の理事会での決定になったものです。

ごく大雑把に図式化して言えば、業務対策委員会系は「利用者の利便性」「弁護士報酬の支払方法の多様化」等の理由により推進的な立場、消費者委員会系は「利用者に金利を負担させることにつながる(1回払いと言っても、それだけにとどまる保証はない)」「多重債務者増加に弁護士も加担することになりかねない」「弁護士の仕事がビジネス化する」等の理由により消極的な立場という感じだと思います。

地方ではおそらくかなりのところで後者の理由により感覚的に受け入れられないという雰囲気だと思います。仙台弁護士会も解禁に反対の意見書を日弁連に出しています。

これだけクレジットカードが普及している時代ですから、世間的にはいろいろなご意見もあろうかと思います。

ただ、それでもやはり弁護士業務の廉潔性またはプロフェッション性を大事にしたいという考えの人が、今のところは多数だということだと思います。

しかし、現在でももちろん弁護士報酬のクレジットカード払いは禁止されている訳ではありませんし、これからますますクレジットカード払いが一般化していくことを考えると、どこまで「自粛」の状態を続けていけるのかは難しい問題だと思います。

この問題は、2000年に日弁連が業務広告を解禁したこととも同じ根を持つ問題のように思います。弁護士業務広告についても、いつか別の機会に考えを述べたいと思います。

弁護士も「おくりびと」?part2

倒産処理だけでなく、一般の事件のときにも、弁護士って「おくりびと」なんだなと思うことがあります。

弁護士のところに事件の依頼がくるとき、それは人と人との間の「紛争」が最も勢力を増しているときです。

「紛争」は、ときに強烈な敵意をむき出しにする「社会的な存在」として、当事者本人とは別に、実在しています。

まるで、それ自体が1つの魔物のように生きて動いているのです。

しかし、「紛争」をいつまでも暴れさせている訳にはいきません。それは、当事者のみならず、周りの人たちをも不幸に陥れるからです。

「紛争」から邪気をはらい、毒を抜き取って、最終的に何らかの解決を与えて鎮めてあげる、それが代理人としての弁護士の仕事です。理性の力で「紛争」という魔物を制御すると言えばいいでしょうか。

それがうまく果たされたとき、魔物は天命を全うして消滅し、依頼者には再び平穏な日々が戻ってきます。その過程、つまり、「紛争」を鎮めておくり出していく過程が、やはり「おくりびと」なのだと思うのです。

もちろん、やみくもにただ解決を優先すべきと言っているのではありません。

むしろ、「紛争」の本質にきちんと対峙し、互いに主張をぶつけ合うことによってこそ、「紛争」の力をそぎ落とし、魂を鎮めることになるのだと思います。十分に主張が尽くされず、不満が残ったままの状態では「紛争」は必ず再び頭をもたげてきます。

自分のところに持ち込まれた「紛争」については、できる限り納得のいく解決に導いて、きちんと昇華させてあげたいものだといつも思います。

弁護士も「おくりびと」?

会社の倒産処理の事件は結構多いです。

破産申立や会社整理など、会社側代理人の立場に立つときもありますし、破産管財人のように裁判所から選任されて中立公正な立場で会社の整理をするケースもあります。

どちらの立場に立つ場合でも、倒産前後の時期は現場は混乱していますし、処理しなければならない問題が一挙に押し寄せてきててんやわんやの状態になります。

でも、それと合わせて、今まで生きて動いてきた会社が、静かに、少しずつ終焉を迎えていくという不思議な静寂感を感じることがあります。

言ってみれば、「混沌と整然」の同居とでも言えばいいでしょうか。

自分の知識と経験をフルに動員して、体内をアドレナリンがかけめぐっている一杯一杯の状態なのに、それと同時に、物事が静かに終息に向かっていく無常感を一歩引いた立場で静かに見つめている自分がいる・・・。そんな感じです。

本木雅弘さんの「おくりびと」がアカデミー賞を受賞しました。大変嬉しいことです。

その報道の際、良くテレビで流れていた映画のワンシーンが、本木さんがご遺体をきれいに清め、大事そうに棺に納めるシーンです(映画自体はまだ見ていません。ゴメンナサイ)。

その姿には、死者に対する畏敬の念と、人生の最後を、きれいに送り出してあげたいという人間愛があふれていて、心を打たれます。

ふと思ったのは、私たち弁護士の仕事も、ある意味では会社という社会的な存在が最期のときを迎えるのを見送ってあげる「おくりびと」なんじゃないかということです。

1つの会社には、1人の人間の人生と同じように、たくさんのドラマがあります。生きて動いて活動する、社会的な存在であることに変わりないのです。そんな存在が1つ社会から消えていくという厳粛な場に我々は立ち会う訳です。それは、人の死の重さと通ずるところがあります。

最期に混乱を生じさせないよう、きれいに拭き清めて、敬意を込めて送り出してあげる、それが「おくりびと」としての弁護士の使命なのでしょう。

モッくんみたいにカッコ良くはいきませんけどね・・・。

またまた葉山館

週末にかみのやま温泉の葉山館に行ってきました。

私の「弁護士会総会無事終了祝い」と、息子の「期末試験終了祝い」という名目で。

以前に「好きな温泉旅館」でも取り上げましたが、ここは比較的リーズナブルなお値段の割にはお料理がとてもいいと思います(今回もお部屋は一番リーズナブルな「四季亭」でした)。

五種前菜盛りから始まって、メインのローストビーフやデザートまで、派手さはないものの、地元の食材を使った丁寧なお料理が並びます。

デザートの「フルーツの『はえぬき』フォンデュ」は、フルーツを「はえぬき」という地元米の粉を溶いた甘いソースにからめて食べるもので、ほのぼのと楽しい気分になります。

それと、朝食は和食・洋食から選べますが、我が家のお気に入りは断然洋食。

パンは焼きたてでおいしいし、スープに前菜・サラダもたっぷり、メインのキッシュ(オムレツも選べます)やミニハンバーグなど、質量ともに大満足です。町場のランチセットだとしたら、2000円くらいに相当するんじゃないかな・・・。

欲を言えば、大浴場がもう少し広くて露天風呂からの景色が良ければなおいいんですが、それは贅沢というものでしょう。

すごくのんびりできるいい宿です。お客さんも一杯来ていたようでしたよ。

かみのやま温泉葉山館

http://www.hayamakan.com/

スペイン・イタリア料理:ラ・サルテン

夜しかやっていないお店なので余り行けませんが、小皿料理が豊富ないわゆる「バル」風レストランで、結構好きなお店です。

メインはスペイン料理のようですが、アイスバイン(ドイツ料理)なども揃っており、多彩です。

野菜や魚介類のメニューが豊富でヘルシーだし、小皿料理は一皿500円なのも嬉しいところ。ワインも手頃なのが揃ってます。

この前、修習生が事務所に遊びに来たので、事務所のスタッフも一緒に食事に行ってきました。

コースで頼んだのですが、前菜のサラダから始まって、アイスバイン、カキのエスカルゴ風、スモークサーモン、ツブ貝のバター焼き、ブイヤベースなど、どれもおいしく、かつ白ワインに合う料理が続々登場で、嬉しい限り。ついついお酒が進みすぎました。

お値段も、飲み放題付きでとってもリーズナブル。

みんなでガンガン飲み過ぎちゃって、お店の方には悪いことしちゃったかも・・・。

ブログでご紹介したことに免じて許してくださいね(^^;)

ラ・サルテン

http://r.gnavi.co.jp/t234700/

「先生、お若いですね」にご用心

駆け出しの頃、依頼者の方によく「お若いですね」と言われました。

当時、私は26歳でしたので、まあ、当時の弁護士としては実際にも少しは若い方だったと思います。

当時の私は、この言葉を言われて、無邪気にも得意になっていました。

我々の世界では、「若くて優秀」というのはある意味定型的なホメ言葉でしたので、別に違和感を感じることもありませんでした。

でも、あるとき、フッと気づいたのです。この言葉を口にするとき、依頼者は決して私を誉めているのでも感心しているのでもないことに。

そうではなく、「自分の人生の一大事をこんなちゃらちゃらした若造に任せて大丈夫なんだろうか・・・」という心の奥底にあるほんのちょっとした不安が、無意識に言葉になって表れているのがこのセリフなのです。

もちろん、依頼者の方に悪意があるわけではありません。本当に若くてすごいなと思う気持ちもきっと何%かは併存しているのかも知れません。

でも、それよりも潜在意識の中の不安感が表面に現われているのがホントのところなのです。そのことは、依頼者の表情や、私に対する態度、セリフをよく観察すると、理解できることなのです。

そのことに気付いてから、このようなセリフを言われたときには、不安を払拭するため極力落ち着いた、自信あふれる物腰で依頼者の方に接するよう努めました。

間違っても「いやぁ~、大したことないっすよ~。ヘラヘラ・・」という態度を取ってはいけません。いっぺんに信用を失うことになってしまいます。私も最初の頃はそんなことをずっとしていたかと思うと、今となっては本当に恥ずかしい限りです。

この手のセリフはほかにも結構あると思います。日本人は奥ゆかしいので、本心をなかなか表に出さないんですよね。

でも、弁護士って自分が絶対正しいと思ってる空気読まない人種なので、そういった依頼者の微妙な心の揺れ動きに気づかない人も多いんじゃないかと思います。

40を過ぎて、最近はさすがに「お若いですね」とは言われなくなりました(もし今言われたら、それこそ逆に舞い上がっちゃうかも知れません(笑))。

でも、依頼者の方の表に出さない心情を、なるべく敏感に汲み取れるようにしたいということは、今も心がけています。

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

お気に入りサイト

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ