2008年7月 6日 (日)

東北弁連大会無事終了

7月4日に東北弁連大会が仙台で行われました。

各県持ち回りなので、今年は6年ぶりに仙台での開催ということになります。

晴れの大会なので、準備に遺漏があってはならないと、仙台弁護士会では1年以上前から準備委員会を作って準備に当たってきました。

その甲斐あってか、参加者総数286名(6年前は200名強)と、盛会のうちに無事終了しました。

午前中は憲法9条と非軍事的国際貢献についての講演で、一般参加の方の姿も多数見られました。

午後から大会本番で、今回の議案は憲法の平和的生存権に関する宣言と法曹人口の見直しを求める決議の2本でしたが、いずれも活発ながらも整然とした議論で、無事に2本とも可決されました。

その後の日弁連との意見交換会も含めて、途中若干時間がおしたものの、ほぼタイムスケジュールどおりに進行できました。この手のものは得てして予想外のハプニングがつきものですが、今回は大きなトラブルはなかったように思います。

懇親会では東北各会から集まった弁護士があちこちで談笑の花を咲かせ、皆さん楽しそうでした。イベントものは無事に終わるととにかくホッとしますね。

準備委員会の方々始め、関係者の皆さん、本当にご苦労さまでした。

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2008年6月25日 (水)

中・高生のためのサマースクール、ただいま準備中!

仙台弁護士会では、今年も中・高生のためのサマースクールをやります。

今年は7月31日(木)です。今年で5回目になります。

現在、模擬裁判のシナリオを仙台弁護士会法教育委員会のメンバーで考えているところです。

模擬裁判は、弁護士が被告人・被害者等の役を演じ、参加してくれた中・高生のみなさんには裁判員になってもらって有罪・無罪を決めてもらおうというものです。似たような企画は裁判所その他でもやっていますが、仙台弁護士会のサマースクールの特徴は、余り堅くなく、見て楽しめることに重点をおいているところです(もちろん、そうは言っても裁判の基本はきちんと押さえていますが)。

シナリオ作りも、どうやったら参加者の方々に楽しんでもらえるかを念頭に、ワイワイガヤガヤと、楽しくやってるところです。

そろそろ県内の中学校・高校に案内チラシが回る頃かと思います。興味のある方は是非ご応募ください。また、一般の方の見学も自由ですから、大人の方も見学においでください。弁護士たちの名(迷)演技、きっと楽しんでいただけると思いますよ。

http://www.senben.org/annai/summerschool2008.pdf

この記事、多くの皆さんに見ていただきたいので、少し長めにトップ記事に置いておきます。

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2008年6月19日 (木)

「やる」か「やらない」か迷ったら、「やれ」

最近はこのブログを若手弁護士さんも読んでいただいているようなので、たまには経験に基づく教訓というか、自分のポリシーなども書いてみようと思います。

仕事をしていると、何かのときに、「ここで○○をやった方が良いか、そこまでしなくても良いか」ということで判断に迷うときがあると思います。例えば、我々の業界だと、予め仮差押をかけておく方が良いか、かけなくても良いかというような場面です。

その場合は、もちろん、やったとき・やらないときそれぞれのメリット・デメリットやリスク等々を比較検討して、事案ごとにどちらにするかを決めていくしかないのですが、いろいろ考えてもどうにも判断がつきかねる場合があると思います。

そういうときには、極力、何かを「やらない」方向よりも「やる」方向に決断しようというのがタイトルの意味です。これは私が弁護士になってから今までずっと心がけている信条でもありますし、昔、よく自分より後輩の弁護士さんと飲んだりする機会があった際にはそんなアドバイスをしていました(最近は若い弁護士さんとお付き合いすること自体減ってしまいましたが)。

何かを「やる」ということは、それによって事態に変化が生じますし、相手からのリアクションもあります。やったことについての責任も自分が負わなければなりませんし、中途半端な知識や経験でやると自分自身が恥をかくことになるかも知れません。

それに対して、「やらない」ことにすればとりあえずは現状のままですから、大きな変化もなく、極端に自分が恥をかくようなこともない訳です。

人間、弱いものですから、どちらがいいかぎりぎりまで迷った際には、どうしても自分が傷つかずに済む消極的な方向に判断が流れていきがちなのではないかと思います。だからこそ、私はそういうときには敢えて逆の方向に決断するのが良いと思っているのです。

特に若いうちから安全な方、消極的な方に流れるくせがついてしまうと、弁護士としての進歩がとまってしまうような気がします。怖くても責任が重くても、踏み込んで何かをやってみることで覚えることは山ほどありますし、その積み重ねが、ベテランと呼ばれる時期以降の財産になっていくのではないでしょうか。

私は、元来は、どちらかと言うと引っ込み思案で消極的なタイプの人間だったのですが、このような信条で行動するようになってからは、仕事面だけでなくプライベートにおいても少し前向きというか積極的な性格になったような気もしています。

そんな訳で、私の推奨の信条なのですが、なんと言っても依頼者の意向が第一ですし、勤務弁護士の皆さんは事務所の方針とかもあると思いますから、独走せず、よく周りの方々と相談しながらやって下さいね(^^)

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2008年6月16日 (月)

岩手・宮城内陸地震

土曜日の地震は本当に驚きました。

何の前触れもなく、突然激しく地面が揺れ出したという感じでした。それでも、立っていられないというほどではなく、私と妻は慌てて台所の食器棚や冷蔵庫などを押さえていました(本当はこれも危ないのかな?)

強い揺れがしばらく(かなり長く感じましたが実際は10数秒程度?)続き、おさまったと思ったら最後にゆっくりした大きな横揺れがゆら~り、ゆら~りという感じでしばらく続き、これもかなり気持ちが悪い揺れ方でした。

今まで経験した中でも最大級の揺れだったと思います。

ちょうどTVを見ていたときだったので、「地震予知速報」も出ていましたが、揺れ始めたのとほとんど同時で余り役には立ちませんでした。でも、仮に何秒か前に分かったとしても、せいぜいできるのはガスを消すというくらいのことでしょうね。

仙台近辺は震度5強又は5弱のところが多いようですが、幸い私の家は2階の本棚の本が少し落ちた程度で、大きな被害はありませんでした。事務所も無事だったのでホッとしました。

でも、報道によると死者・受傷者はかなりの数に上るようです。改めて、日本は地震の巣の上にある国だということを実感させられます。

行方不明の方も相当数いるようです。無事に救出されることを願わずにいられません。

また、余震の可能性も指摘されています。十分注意したいものです。

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2008年6月12日 (木)

最高裁でヤミ金に関する判決

最高裁で、ヤミ金から借りた金は元金部分も返す必要がなく、返してしまった場合でも取り戻せるという画期的な判決が出ました。

もともと、弁護士の間では、ヤミ金に対しては元金も返すなというやり方が何年も前から当然のこととされてきましたが、それが最高裁でも認められたことになります。

最初の貸付分は、それを口実にしてその後に不法かつ莫大な利益を得ようとする反倫理的な理由に基づくものだから、不法原因給付として法的に返還義務がないというのが今回の判決の理屈ですが、最初の頃は(理屈の当否よりも)半ば運動論というか、不法なお金をヤミ金に還流させるべきでないという一部の弁護士の強い信念から始まったやり方だったと思います(私も最初は、「元金まで払わないの?」と少しビックリしたものです)。それが多くの弁護士の支持を受けて広まり、ついには世間にも認められて一般常識になっていったという好例だと思います。社会っていうのはこういう風に動いていくんですね。

これでますます、ヤミ金に対しては、借りた元金も絶対返さないと強く言えるようになりました。

関係者の皆さん及び先鋭的にこの問題に取り組んでこられた皆さんの努力に敬意を表します。

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2008年6月 9日 (月)

人間失格:太宰治

以前の記事、「私の故郷」(仙台弁護士会会報からの転載)でも書いたとおり、私は津軽の出身です。

記事の中ではではもっともらしく太宰治の「津軽」の一節を引用したりしたのですが、実はそれ以外ほとんど読んだことのない「なんちゃって太宰ファン」だったのです。でも、記事を読んでくれた昔の知人に勧められ、ほかの作品も読んでみることにしました。それがこの本です。

プロローグ後の冒頭部分、「恥の多い生涯を送ってきました」という一文に、この小説の全てが凝縮されている感じがします。

実際に世間から「恥」と評されてもやむを得ないような主人公の現実の生活と、自分の全てを「恥」と感じすぎてしまうセンシティブなメンタリティまたはコンプレックスがこの小説の主題になっています。両者は鶏と卵のように、どちらが原因とも結果とも言えず、相互補完し合うように絡み合いながら主人公を滅亡の淵へと追い込んでいきます。

ご存じのとおり、作者はこの作品を完成させた後、遺作「グッドバイ」の草稿を残して女性と一緒に心中します。

作者の実生活を題材にしているだけに身につまされるものがあります。

ここまで強烈なものではないにしても、青年期のある一時期、コンプレックスにさいなまれたり、「破滅的な生き方」に惹かれたりすることは多くの人(特に男の子?)にとって身に覚えがあることだと思います。

それでも、何とか現実との折り合いを付けて生きていこうと前向きに模索する姿が古来から文学で取り上げられてきた1つのテーマであるのに対して、ここまであからさまにコンプレックスを吐露して自分が崩壊する様子を描写した作品は、それほど多くないと思われます。

そのあたりに、作者の苦悩の深さが偲ばれます。

「野ブタ。をプロデュース」のところでも書きましたが、「本当の自分」と「周囲に対して演じている自分像」のかい離に苦しむというのは、きっと、いつの時代にも共通な若者の悩みなのでしょうね。

今の時代にも(むしろ今の時代だからこそ)共感を感じさせられる作品だと思います。

最近は「蟹工船」も若い人の間でブームだそうですが、こんな本も読んでみても良いのでは?でも、ストレートすぎて賛否は分かれるかも知れませんね。

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2008年6月 5日 (木)

大阪城

前回の記事の余談ですが、日弁連総会で大阪に行き、空き時間を利用して大阪城に行ってきました。

大阪には何度か来たことがあったのですが、いつも仕事ばかりで自由時間がなかったので、観光らしいことは今までしたことがなかったのです。

大阪城と言えば豊富秀吉が作ったものとばかり思っていましたが、今ある大阪城は冬の陣・夏の陣で焼失したのを徳川幕府が再築したもの(を復興したもの)なのですね。初めて知りました。

私は旅行先にお城があるととりあえず一度は立ち寄って見たくなってしまう正統派日本男児なのですが(笑)、家族にはいつも不評なので、家族旅行では断念せざるを得ません。なので、こういう仕事がらみのときに1人でぶらっと立ち寄るのはちょっとした楽しみでもあります。

2008_05300093

だからと言って、このブログに大阪城の写真を載せても、別に誰も喜ばないとは思いますが、まあ一応お約束ということで・・・(笑)。

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2008年6月 2日 (月)

日弁連定期総会

先週金曜日、日弁連の定期総会で大阪に行って来ました。

定期総会なので議案としては予算決算がメインでしたが、発言の多くは弁護士人口問題と裁判員制度実施に関するものでした。

いわゆる司法改革を巡って、日弁連では積極派と慎重派の厳しい路線対立が続いていますが、特に最近ではこの2つに争点が集約されて来ている感じです(この件についての私の意見ももちろんありますが、このブログの性格上、ここではコメントしないことにしたいと思います)。

総会終了後、永年勤続者に対する表彰が行われ、仙台弁護士会の大先輩もお1人、50年の表彰を受けられました。50年というと、私なんかには想像もできない世界です。長きに渡ってご活躍されたことに心から敬意を表したいと思います。

お聞きしたところによると、現在90歳とのことですが、まだまだ本当にお元気でいらっしゃいます。我々の世界は定年がないので、ずっと現役でいられるというのが活力の源でもあるのでしょうね。

あと10年で100歳表彰もありますので、是非、そこまで現役で頑張っていただきたいものです。

全体での懇親会終了後、仙台弁護士会有志でささやかながらお祝いの2次会を開かせていただきました。大先輩弁護士からいろいろなお話をお聞きすることができ、とても楽しい一夜となりました。

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2008年5月29日 (木)

レストランミウラ

事務所で修習していた司法修習生の弁護修習が終わったので、慰労を兼ねて最後の日は少し贅沢をしようと、大町の「レストランミウラ」に行ってきました。

ちなみに司法修習生というのは司法試験に合格して弁護士・裁判官・検察官になるための研修をしている人で、大体2ヶ月ずつ、それぞれの現場に配属されて実地研修を受けています。

さて、レストランミウラですが、ここは海の幸系のフレンチがおいしいお店で、何年か前に年末の事務所納めの日にスタッフみんなでランチコースを食べに来たことがあります。

お昼のランチは魚のコースが1700円、お肉のコースだと500円増しになりますので、そうそうしょっちゅうは来られませんが、味といい、お店の雰囲気といい、とても優雅な気分にさせてくれます。

私たちが行った日のコースは、魚介類のアミューズ、じゃがいものポタージュにメインは鰆とホタテのポワレでした。どれもとてもおいしかったのですが、特にメインの魚料理のソースがとてもおいしく、満足しました。器にも凝っていて、最初のアミューズはガラスのコップみたいな器で涼しさを演出していました。

食後のデザートもチョコレート風のプチケーキとミントっぽい感じのアイスクリームの2種で、ゆっくり楽しませていただきました。

最近は繁華街から少し離れたこんなあたりにもおしゃれでおいしいお店が増えており、嬉しい限りです。

でも、ここも女性率が圧倒的に高いのと、お昼もいつも込んでるので、なかなか男1人では行きにくいのが残念なところです。

普段は忙しくてお昼はキーボード叩きながらコンビニおにぎりというパターンも多いので、たまに修習生がいるときは私たちにとっても気分転換になっていいですね。

restaurant miura 

仙台市青葉区大町1-1-18-1F 022-214-6608

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2008年5月26日 (月)

昔の友人とネットでの再会

このブログの外に、自分の事務所のHPとミクシィをやってますが、ここのところ、それらを見てくれた昔の友人がメールやTELで連絡をくれました。

高校時代の友人と中学時代の友人が各1名です。

それぞれ、もう25~30年近い昔の友達なのに、よく私のことを覚えてくれてて連絡をくれたと思うと本当に嬉しく、かつ懐かしく思いました。それと同時に、こういうネット環境が整備されたのって、本当にものすごいことだなあと改めて思います。

昔だったら、きっともう二度と会うこともなかっただろう人と、ネットをきっかけにまた連絡が取れるようになったのですから、本当に情報通信技術の進歩って夢のようです。

これからも、誰か見てくれて、連絡をくれたりしたら嬉しいな~などと思いながら、シコシコとブログをつづる日々です。

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2008年5月22日 (木)

好きな温泉旅館その4:かみのやま温泉 葉山館

山形県かみのやま温泉から2件目のエントリーです。

この地区には全国的に有名な大型旅館「古窯」があるので、それに触発されてレベルを競っているのでしょうか。いい旅館が多いようです。

葉山館は決して広くない敷地をとてもうまく活かして造られている中規模旅館です。

よく雑誌のパンフレットに載っている竹林風の坪庭は、3階の中央付近にあり、上が吹き抜けになっています。

「ああ、これこれ」って感じですが、実際に見るとなかなか圧巻です。

客室も、周りに建物があるため眺望を確保できない代わりに、部屋風呂の奥に小さな坪庭を造ってあり(客室からも見えます)、ちょっとした風情を醸し出しています。

                      002_3   

食事は個室でいただきましたが、そこにもちょっとした坪庭があって風流な味わいです。

009

もちろん、お食事も地元の山形牛のしゃぶしゃぶや盛りつけもきれいな前菜など、質・量ともに納得でした。

地元のリピーターが多いというのもうなずけますね。

                                                         

あと、3階にあるパブリックスペースも、調度品やソファーが気持ちよく、ちょっと雑誌を読んだりしてくつろぐのにちょうどいいスペースです。全体に落ち着いた雰囲気でのんびりできる宿と言えるでしょう。

改装してやや高級な翠葉亭というのもできたようですが、リーズナブルな一般客室でも十分満足できると思います。

かみのやま温泉 葉山館

http://www.hayamakan.com/main.html

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2008年5月19日 (月)

将棋の子:大崎善生

一時期、将棋や将棋界に興味を持ったことがありました。今でも将棋新聞なんかときどき買って眺めてます。

そのきっかけの1つになったのはこの本です。

著者は長く将棋連盟に勤め、プロ棋士を目指す少年たちを近くで見つめてきました。

将棋のプロ棋士になるには、奨励会という養成機関に入らなければなりません。

全国各地から神童と呼ばれた子供たち(多くは入会時点で小学校高学年から中学生)が試験を受けて奨励会に入ります。奨励会では6級から始まって所定の成績を上げると級が上がります。1級まで上がると次は初段です。最後は3段リーグと呼ばれる半年間のリーグ戦を戦い抜き、上位2名のみが晴れて4段となり、プロになることを許されるのです。

しかも、年齢制限があり、原則として26歳になる日が属する回の3段リーグが終わるまでに4段にならなければ退会となります。奨励会に入会しても、最終的にプロになれるのは5人に1人しかいないという厳しさです。

この本は、そんな奨励会員たちの姿、中でも、夢破れて奨励会を去っていった人たちの姿を描いたノンフィクションです。

少年の頃の夢を最後まで実現できるのは、きっとほんの一握りの人に過ぎないと思います。多くの少年たちは、どこかで夢に区切りを付けて現実の世界と向き合わなければならなくなります。でも、夢にかけた情熱が大きければ大きいほど、その作業はとても辛く、苦しいものになります。

筆者は、そんな「元奨励会員」達の、夢破れた後の生き方を、兄のような優しいまなざしで丁寧に追っています。

読んでいて涙をこらえきれなくなる場面が2つありました。

1つは、主役級の元奨励会員が、退会となる直前に、病弱の母親を連れて温泉に行き、夜に2人だけで静かな時を過ごす場面です。病気でもはや母親の先が長くないことを知っていて、でも何をしてやることもできず、更にはもう自分は母親の期待に応えることができそうもないことに気づいてしまっている奨励会員の息子。そんな息子を気遣いつつ、ずっと息子のために働き続け、体を壊して息子の世話ができなくなってしまったことで自分を責めながら、それでも最後まで息子の夢に寄り添おうとする母親。

社会の中で「夢」だけを頼りにひっそりと生きてきた2人が、「夢」の終焉(それは母親の命の終焉でもあったのですが)を間近に、相手を気遣い合いながら心静かに過ごす様子には、無情を感じさせられるとともに、無償の愛の尊さを感じました。

もう1つは、ラストシーンで、その元奨励会員と筆者が何年かぶりに再会を果たして別れる場面です。

暖かいタクシーに乗っている筆者と、寒空の下、立ちつくしていつまでも手を振る元奨励会員の彼。ここで、タイトルとなった「将棋の子」の意味が明かされます。

彼は夢破れて将棋と無縁の暮らしを長く続けていてもなお、少年の頃の純粋な気持ちを失っていなかったのです。いつまでもいつまでも、1つのことを純粋に好きで居続けることはとても難しく、尊いことだと思うとともに、そんな彼の純粋さをうらやましくさえ感じさせられます(おそらく、筆者もそう思ったことでしょう)。

私がこの本にこれほど感銘を受けたのは、私たちの頃の司法試験受験生の姿とどこか通じるところがあるからかも知れません。弁護士や裁判官・検察官になりたいという夢だけを頼りに、何年も何年も司法試験を受け続け(私たちの頃は合格まで平均6年と言われていました)、それでも試験に受からず、夢破れて去って行く人たちを数多く見ました。そんな姿と重なるところがあるような気がします。

さて、筆者はノンフィクションライターとしてスタートし、本書を含む何編かの優れた本を世に送り出した後に小説に転向しています。

小説家としての作品は人間の生と死、根源的な愛をテーマにしたものが多く、そちらの方にも好きな作品がたくさんあります。いずれ、それについても書いてみたいと思います。

そしてまた、今、宮城県からも奨励会に通っている子供たちが何人かいることと思います。彼らの夢がいつの日か叶うことを願わずにいられません。

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2008年5月15日 (木)

ナマスカリニューアル(?)

前回の記事は少し前に食べに行ったときのことを書いたものだったのですが、ナマスカは先週あたりにリニューアルしていたみたいです(最新の記事でなくてゴメンナサイ)。

話を聞いて早速また食べに行ってきました。

残念ながら、ナンの食べ放題はなくなっていました。でも、その代わりにホット&コールドドリンクがフリーサービスになっており、ジュース・コーヒーのほか、ラッシーやチャイなども飲めます。

もともとナンをお代わりしてまで食べる方ではないので、私的には食後にゆっくりとチャイもコーヒーも飲めるのは、これはこれでいいかも。

土日のバイキングもなくなったようですし、メニューの内容や食器、店員さんなども変わってました。経営そのものが変わったとの噂も・・・。前回の記事に載せたHPも閉鎖されたようですし・・・。

でも、カレーやナンの味は今もおいしいので、まだまだ通うと思います。

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2008年5月12日 (月)

インド料理:ナマスカ

ここは私が弁護士になるより大分前からある店なので、仙台のインド料理店ではかなり老舗の部類に入ります。

最近は東口のビルにも支店ができたようですが私が行くのは前からある南町通り店。ここはビルの地下になっており、らせん階段を降りていくときになんだか別世界に入っていくようなワクワク感があります。

ランチメニューは800円から1500円まで幅広く揃えてあるので、お腹の好き具合に合わせて使い分けができます。

標準的なのは、野菜カレーの外にお好みのカレー1品(チキン、マトン、シーフードなどから選べる)とカバブ、ナン、サフランライス、サラダ、デザート、マンゴージュース、ドリンク付きで1,100円のAコース。

いろんな味を一度に楽しめるので始めての方には特にお勧めでしょう。インド人シェフが作るので味は当然お墨付き。お客さんでもインドご出身らしき方も良く見かけます。

更に嬉しいことに、ランチメニューは全てナン食べ放題!なので、食べ盛りの若者にもお勧め(さすがに私はおかわりしてまでは食べられませんが)。

これでもかなりお腹いっぱいになりますが、もっと身も心も激しくスパイスに浸りたい気分のときにお勧めなのはスペシャルランチ。1500円ですが、カレー2種にタンドーリチキンもついて、もう食えないっていうほどカレー味にどっぷり浸ることができます。

食べた後は体がホカホカあったまってくるので、私はちょっと風邪気味で体がだるいな~っていうときの気付け薬代わりに利用したりしてます。やっぱりスパイスと漢方薬って通ずるものがあるんですよね。

土日はバイキングランチやシャンパンランチもあるようなので、そちらもいつか利用したいと思っています。

インド料理 ナマスカ 

http://www.namaskar.co.jp/pc/index.html

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2008年5月 9日 (金)

KYという言葉について

何回か前の記事にも書きましたが、KYという言葉は好きな言葉ではありません。それどころか、こういう言葉が広く浸透すること自体に、背筋が寒くなるような感覚を抱かざるを得ません。

まず、第一に、「空気」という言葉によって表される多数意見の押しつけが、酷く窮屈に感じます。きちんと正当な理由によって相手を説得することを放棄し、多数者であるという無言の圧力によって、相手を踏みつぶしてしまおうとするようで、しかも、そんな横暴さに自分たち自身が気づいていない無頓着な残酷さを感じるのです。

次に、そもそも、「空気」の正体が本当に多数意見を反映しているのかというところにさえ、疑問を禁じ得ません。えてして、誰か1人又は数人の強者の意見が集団の雰囲気を支配してしまうことは起こりがちです。そのような場合に、「空気を読め」の一言で、理不尽な集団の支配を更に強固にしてしまう、理屈のない支配を正当化してしまう、そんなことが現実に起こってはいないのでしょうか。そうだとすれば、一種の暴力による支配であり、民主主義の否定と言えるでしょう。

そんな大げさな・・と思われるかも知れませんが、私は「KY」という言葉が、戦時中の「非国民」という言葉と通じるものがあるような気がしてなりません。異質なものを排除する論理、しかも、きちんと理屈で説得するのではなく、雰囲気という曖昧な力によって支配してしまう横暴さ、それは静かに広がっていく怖さを常に伴っているように思います。

近時、表現の自由の弾圧のような事態がいくつか散見されるようになってきているのは、こういった社会の風潮と無関係ではないように思います。

表現の自由の問題については仙台弁護士会も会長声明を出しています。

http://www.senben.org/senben/seimei/20-01.html

たとえ間違った意見であっても、社会の圧力に押しつぶされることなく、きちんと言論や表現の自由が保障される社会であって欲しいと思います。

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2008年5月 6日 (火)

伊達公子さん復帰戦活躍おめでとう!

テニスの伊達公子さんがプロ復帰初戦のツアーでシングルス準優勝、ダブルス優勝という好成績を挙げられました。

伊達さんといえば、全盛期の頃はちょうど私が弁護士登録ばかりの頃と重なり、世界で活躍する姿が本当にまばゆく感じられたものです。グラフに勝った試合なんかはとても感動的でした。

そんな彼女が、12年ぶりに現役復帰というのは驚きましたが、いきなり初ツアーでこのような好成績というのはなおさらびっくりです。もちろん、ご本人の努力があってのこととは思いますが、ご主人をはじめ、周りの支えがあってこそのことだろうと思います。

逆に言えば、男でも女でも、どんな年齢でも、どんな環境にあっても、自分のやる気さえあれば力を発揮できるということの証明だとも思えます。伊達さんのさわやかな笑顔は、きっと、それを証明したさわやかさなのではないでしょうか。

12年前の頃よりも、試合ができることだけでもとても楽しそうに見えるのは、そんなこともあるのかも知れません。

来週もすぐ次のツアーだそうです。同世代(って言ったら伊達さんは怒るかな?一応5歳くらいの違いは「同年代」の範囲内ということで・・・)の代表として、ずっとずっと頑張って欲しいものです。

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2008年5月 1日 (木)

弁護士会執行部合宿

先週土日に弁護士会の執行部で秋保温泉に合宿に行ってきました。

「温泉で合宿」と言えば、きっと飲んで騒いで風呂入って・・・的なお気楽なものと思われるかも知れませんが、さにあらず、きちんと会議室を借りて初日5時間、二日目3時間とみっちり会議をやってきました。

仙台弁護士会執行部は全部で9人のメンバーですが、1年任期で毎年変わるので、1年ごとにメインで取り組むテーマも違ってきます。

なので、年度の早い内に合宿でみっちり議論をして、メンバーの意識を共通にしたり1年間のグランドデザインを作ったりするのはとても大事なことです。

今回もいくつかの重大テーマについて1年間の進め方の確認をすることができて、とても有意義だったと思います。

それと、会議後はやっぱり飲んで騒いで・・・になった訳ですが、それもまたメンバーの結束を高めるためにはとても良かったと思います。

楽しい1泊二日でした。

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2008年4月28日 (月)

ホテルオークラ東京

先日、身内の結婚式があり、泊まりがけで東京に行ってきました。

せっかくなので、初めてホテルオークラに泊まってみました。

普通に泊まるとかなりお高いのだと思いますが、今回はJR券付きのパックプランを利用したところ、なんと、東京往復新幹線料金相当額プラス1人あたり約7,000円(トリプルルーム利用)という格安料金で泊まることができました。

部屋も広いし、バスタブには、よくあるカーテンではなくて引き戸式のガラス戸が付いており、シャワーの水はねを気にせずのんびりバスタイムを楽しむことができて妻は大感激。

これにウェルカムドリンク(バーでカクテル1杯・・・ただし、今回は使用せず。残念!)と朝食(3,000円相当)が付いてこのお値段とは、目ン玉飛び出るほどお得!でした。

オークラと言えばお料理が有名ですが、朝のバイキングもさすが!とうならせる品揃えでした。卵料理は3~4品くらいあり、肉・野菜・パン・グラタンなども種類が豊富。お粥・リゾットなどお米料理もあります。もちろん、和食の品揃えも味噌汁・湯豆腐・漬け物その他充実。さらにはチーズやシャンパンもあり、朝からリッチな気分になりました。デザートも定番のフルーツやヨーグルトのほかにタピオカココナッツミルクなど盛りだくさん。意外においしかったのがフルーツグラタン(これはお料理にカウントして良いのかデザートにカウントして良いのか迷うところ)。まるでリゾートホテル並の品揃えで、さすが「世界のオークラ」と食事中何度もうなってしまいました。

あと、もう1つ注目してたのはホテルマンです。実を言うと、私はかねてよりホテルマンの立ち居振る舞いは格好良くて憧れているのです。

いつも背筋をシャンと伸ばし、キリリとした面持ちで、お客様にどんなことを頼まれても慌てず騒がず、落ち着いてこなす頼もしさとスマートさ、それでいていつも笑顔を忘れないフレンドリーさは、私たち弁護士の接客態度もかくあるべしと思わされます。

私は密かに、お客様に接するときはホテルマンになった気分で接しています(どこまでそう見られてるかは分かりませんが)。

なので、「世界のオークラ」のホテルマンに注目してたのですが、特に何か特別なことを頼んだ訳ではないのでびっくりするようなことはなかったものの、さすがに皆さん落ち着いた物腰でかっこいいホテルマンばかりでした。

いろいろな意味でモチベーションが上がった1日でした。

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2008年4月24日 (木)

野ブタ。をプロデュース:白岩玄

日テレ系で亀梨和也君、堀北真希ちゃん出演でドラマ化された小説です。

ドラマの方も見たかったのですが、見られなかったので原作本を読んでみました。

ドラマで堀北真希ちゃんが演じたいじめられっ子は、原作本では「信太」という男の子の設定になっています。

なぜ、このお話に興味を持ったかと言うと、「いじめられっ子の転校生を人気者にプロデュースする」という発想そのものにまずビックリしたからです。

我々の世代の発想だと、こんなシチュエーションに出くわしたときに取る行動として思いつくのは、ストレートに「みんな、○○をいじめるのはやめろよ!」的な態度で真っ正面からぶちあたるか、逆に見てみぬふりをしてしまうかのどちらかだと思います。

ところが、このお話では、「人気者にプロデュースする」ということで問題を解決しようというのです。発想が柔軟というかしなやかというか、周囲との調和を乱さずに、自分だけ正義を振りかざして浮き上がるようなこともなく、器用に立ち回ろうとする姿勢に、良くも悪くも、「KY」という言葉に代表される「現代っぽさ」を感じたものです。

また、「プロデュース」というあたりも、いかにも業界慣れしている若者っぽい感覚を感じます。

そんな訳で、「今どきの若者」っぽさがどんな風に表現されているのか興味を感じ、読んでみようと思った訳です。

作品そのものはとても良くできており、最後までおもしろく読めました。

主人公の1人称による、軽いふざけた語り口で全編綴られています。

しかし、その割には、全編を通じてどこか重苦しいどんよりとした雰囲気が漂っているのは、始終周りの顔色を窺い、空気を読むことに汲々としていなければならない主人公の心の苦しさを現しているのでしょう。

「プロデュース」が進むにつれて、人気者になっていく「野ブタ」君に対して、次第にメッキが剥がれて窮地に追い込まれていく主人公の対比が、本当はストレートに気持ちをぶつけたいのに、それを抑え、必死に心を隠して生きていかなければならない若者の苦悩を感じさせます。きっと、私たちが子供だった頃よりも、今の子供たちの方が、うんと毎日神経をすり減らして生きているんだろうなぁ・・・。

ところで、「KY」という言葉についてはいろいろな評論家の方々も語っていますが、私もあまり好きな言葉ではありません。

弁護士というのは、基本的に「空気を読めない」どころか「空気を読まない」人種です。

みんなが「こんなの当たり前に決まってんじゃん」と思っていることを、本当にそうなのかと世の中に問い直していくのが仕事なので、必然的にそうなっていっちゃうんだと思います。

話はそれましたが、ドラマの方も原作本を読んだ後、再放送を録画して何話か見れました。

女の子が加わったこと、プロデュースする側が男の子2人になったこと(しかもイケメンの)によって、恋愛感情を交えたりして原作よりも明るく青春っぽい感じになっていましたね。思春期(なんて言葉も今は死語?)の3人の心の成長をみずみずしく描いた、って感じのいいドラマでした。主題歌も含めて大ヒットしたのもうなずけますね。

でも、最終回を録画し忘れて見られなかったのは少し残念でした・・・。

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2008年4月21日 (月)

仙台弁護士会で消費者行政一元化を求めるシンポジウム

土曜日、仙台弁護士会で、消費者行政一元化(消費者庁の設置)と地方の消費者行政強化を求めるシンポジウムがあったので行ってみました。

仙台弁護士会はもともと消費者事件に対する取り組みが盛んなところで、最近でも貸金業者の上限金利引き下げを求める運動などを精力的に行ってきたところです。私も署名活動や街頭行動などに参加したことがあります。

今回も、新聞発表では参加者数250人ということで、非常に熱の入ったシンポとなりました。

これまでの行政は産業育成の立場から消費者保護はばらばらの対応で常に後手に回ってきた感がありますので、是非とも全庁横断的な立場で消費者の保護を担う新組織ができて欲しいものです。

商売の基本はいいものを誠実に売ることに尽きるのであり、それを超えて、買いたくもない人に無理矢理売りつけるようなやり方や、あるいは情報格差を利用して言葉巧みに売りつけるようなやり方が横行している現状は、やはり問題があると思います。

また、地方自治体での消費者行政予算の削減により、消費者相談員が劣悪な労働条件で働いている問題も指摘されました。

今後、各地の弁護士会でも同様のシンポが開催されるそうですから、是非、全国的な大きなうねりに発展していって欲しいと思います。

関係者の皆様、ご苦労様でした。

http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/080419/sty0804191952003-n1.htm

http://arch.asahi.com/life/update/0419/TKY200804190161.html

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2008年4月17日 (木)

木蘭の涙:スターダストレビュー

この季節になるとカラオケで歌いたくなる定番ソングです。
「逢いたくて逢いたくて・・・」で始まる出だしのフレーズが切なさを誘う名曲ですね。
石田ゆり子さんが出演したウィスキーのCMでも使われてましたから、それでご覧になった方もいらっしゃるのでは?
本家のスターダストレビューさんは最近バラード調のアコースティックバージョンで歌ってることが多いようですが、私はどちらかというと、ややアップテンポのノーマルバージョンの方が、淡々とした中にも恋人の死を悼む気持ちがじんわりと滲み出てくるようで好きですね。

木蘭の涙 1993年 スターダストレビュー

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2008年4月13日 (日)

東名高速でのタイヤ脱落事故について思うこと

4月11日に東名高速で信じられないような事故が起こりました。

走行中のトラックから脱落したタイヤが反対車線を走っていた観光バスに直撃し、運転手さんが死亡したというものです。

私も普段車を運転する身として、本当に恐ろしいと感じると共に、自分も加害者にならないよう良く注意をしておかなければと思いました(そう感じた方、多いのでは)。

ところで、新聞報道では、亡くなられた関谷さんという運転手さんがタイヤ直撃後に、意識があるかないかの状態でサイドブレーキを引いてバスを停車させたのではないかとのことです。

素人目に見ても、これほどの大事故なのにバスが転落も横転もせず、あるいは他の車と衝突もせず、きちんと車線を維持したままセンターライン付近で停車していたのは奇跡的と思っていましたが、やはり運転手さんが最後の力を振り絞って安全に停止させたのでしょう。こういう報道を聞くと、胸が痛むと同時に、関谷さんのプロ意識の高さに対して敬意を表さずにはいられません。

私も弁護士というプロフェッションの1人として、いついかなるときでもプロ意識を保ち続けたいと思っています。

命と引き換えに乗客の安全を守られた関谷さんのご冥福をお祈りいたします。

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2008年4月10日 (木)

好きな温泉旅館その3:作並温泉 ゆづくしの宿一の坊

地元仙台近郊にもいい温泉宿はたくさんありますが、まずは作並温泉一の坊をエントリーします。

こちらの売りはなんといっても渓流沿いの露天風呂。立ち湯その他趣向を凝らした4つ位の湯船があります。すぐ近くを流れる広瀬川は手を伸ばせば届きそうなほどの近さ(これはちょっと大げさかな)。ダイナミックで野趣溢れる景観は時間を忘れていつまでも眺めてしまいます。それ以外にも、鹿のぞきの寝湯という小さめの露天風呂(こちらも結構落ち着きます)や内湯・貸し切り風呂もあり、全部回りきるのが大変なくらいです。

湯上がりどころでいただくふろふき大根(有料ですが)もホッとする味わいでおいしいです。

それとお勧めは朝食バイキング。

私は基本的にバイキング料理と言えば全種類の料理を取りたくなってしまうタイプなのですが(欲張り&貧乏性)、こちらのバイキングは種類が多すぎて、嬉しい反面困ってしまう程です。

宿泊料金もまずまずリーズナブルなので、弁護士会関係の会議や弁護団会議などでも利用することがたまにあります。我が業界でも人気の宿の1つと言えるでしょう。

作並温泉 ゆづくしの宿一の坊

http://www.ichinobo.com/sakunami/index.html

なお、系列旅館で、松島海岸「一の坊」、遠刈田温泉「温泉山荘だいこんの花」もお勧めです。

http://www.ichinobo.com/matsushima/

http://www.ichinobo.com/daikon-no-hana/

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2008年4月 7日 (月)

牛タン利久 サンモール一番町店

仙台人には言わずと知れた牛タン利久ですが、市内に何店舗もあり、店毎にメニューや雰囲気が少しずつ違います。

事務所に近いサンモール一番町店の昼のお勧めはなんと言っても「利久膳」。3段重ねのお重になっており、上の段には刺身、魚の煮物、だしまき卵など4品程度、中の段には牛タン焼き、下の段にも肉や野菜の一品と、おかずが満載。味ももちろん二重丸。

これに麦ご飯と味噌汁が付いて税込み1,000円はお得の一言です。

夜も4,000円のコース料理で質・量共に大満足できます(3,000円コースもあるようです)。

よその地方の弁護士が仕事や遊びで仙台に来たときはここにご案内すると大抵喜んでもらえます。是非どうぞ。

牛タン利久

http://www.gnavi.co.jp/rikyu/

     

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2008年4月 3日 (木)

私の故郷 津軽④~仙台弁護士会会報より~

引き続き、平成12年の仙台弁護士会会報に投稿した記事からの転載です。

最終回は中学・高校時代を過ごした弘前市(ひろさきし)のお話です。

長い拙文、最後までお読みいただき、どうもありがとうございました

<(_ _)>

---- 以下、転載 ----

5 弘前市(ひろさきし)
 弘前市は古くから津軽の文化の中心だった町である。気候も(津軽の中では)比較的穏やかな方で、米作とりんごの生産が盛んである。高校生位になると春にりんごの花粉付けのアルバイトにありつけることもある。
 ゴールデンウィークの頃は弘前城公園の桜が見頃になる。ここの桜はとにかく木の数が他とは比較にならない位多い上に、お城と岩木山のコントラストが美しく、本当に見事である。夜桜ともなると、ライトアップされたお城をバックにはらはらと桜の花びらが舞い散る様子は正に幽玄の美といった趣で、日本人の琴線をくすぐる要素が全て揃っているのではないかとさえ思う。 

 「ねぶた」と「ねぷた」の違いは仙台弁護士会の皆さんもきっとご存じと思うが、「ねぶた」は青森市で行われ、武者人形型をした灯籠を引きながら踊り手がダイナミックに踊る(ハネると言う)ものである。世間一般に有名なのはこちらである。弘前の「ねぷた」は、扇形をした(人の形はしていない)箱形の灯籠に武者絵が描かかれたものを引きながら静かに町をねり歩く。踊りはない。かけ声も「ラッセラー」という威勢の良いものではなく「ヤーヤドー」と低くうなるような調子である。「ねぶた」に比べると万事派手さには欠けるので観光客の人気もやや劣る。しかし、扇の正面の勇壮な武者絵が笛の音やかけ声と共に次第に近づき、それが過ぎたと思うと「見送り絵」と呼ばれる裏面の美人画が少しずつ揺れながら遠ざかっていく。その様子はとても情緒的で、過ぎゆく夏を惜しむかのような哀愁がある。私はどちらも大好きである。

 さて、私が卒業した弘前高校では、学園祭でねぶたの運行がある。あえて「ねぶた」と書くのは、弘前型の「ねぷた」ではなく、青森型のものを作り、派手にハネながら運行するからである。
 毎年1学期が終わる直前の7月下旬に学園祭があるが、ねぶた運行はその前夜祭として行われる。1年から3年まで各クラスが1台ずつねぶたを自作し、それを引くのである。前夜祭とは言うものの、生徒にとってはこっちの方がメインイベントである。前期試験が終わると、校舎の中庭には即席のねぶた小屋(丸太を組んで長屋風に縦割りにしたもの)が作られ、クラス毎に1区画が割り当てられてねぶた製作が始まる。運行までの2週間程はもはやねぶた一色で勉強どころではない。授業が終わるとそれぞれ作業着に着替えてねぶたを作る。私の頃は「つなぎ」を着るのが流行っており、クラスでお揃いのを作ったり、白地のつなぎを買ってカラフルに染めて着たりするのが流行っていた。私はエメラルドグリーンのつなぎであった。

 作業の基本は放課後で、朝は確か7時頃から学校に来て作業をやって良いことになっていたと思うが、生徒は次第にエスカレートして朝4時や5時に学校に来てこっそり作るようになる。そうなると保護者や世間の方々からクレーム来るので、先生が見回りをしており、見つかるとえらく怒られた。
 そこで生徒側は代表で見張りを立てて先生が来るとすぐに隠れたりするのであるが、すると更に先生の方では知らぬ顔をしていきなり2階の窓から顔を出して隠れている奴らを見つけるなど、ドリフのギャグさながらのいたちごっこが繰り返された。
 私は一度、ねぶた作りの帰り道、友人から「明日は午前1時に行こう。迎えに行くから」と言われ、てっきり冗談だと思って「おお、そうしようぜ」などと言ったところ、本当に夜中の1時に呼び鈴を鳴らされたことがあった。慌てて飛び起き、事情を知らない父が玄関で友人に何か説教を始めようとする脇をくぐり抜けてそいつと一緒に自転車で学校へ突っ走った。

 朝の楽しみはもう1つある。クラスの女子が、ばかみたいに朝飯も食わずねぶたを作っている男子のために、誰かの家に集まっておにぎりを作って持って来てくれるのである。そのおにぎりを食べるのは男子全員の楽しみであった(みんな照れくさいので感謝の言葉などまともに言わないのであるが)。
 しかし、若さとは残酷なもので、せっかく好意で作ってくれたおにぎりを前に、失礼にも、クラスのマドンナ的存在の女子が作ったものはどれかと詮索し始める奴らも現れるのである。「ノリで巻いてあって中身がシャケの奴が○○ちゃんの作ったおにぎりらしいぜ」などというもっともらしい噂がこそこそ飛び交い、真偽の程も定かでないのにそれを奪い合ってじゃんけん合戦を始めたりするのであった。そんな男達の姿を、女子はさぞかし呆れて見ていたことだろうと思う(ちなみに私は・・・ノーコメントということで)。

 いよいよねぶた運行の日。ぎりぎりまで最後の仕上げ作業をし、それを終えると浴衣に着替える。そして、苦労して作ったねぶたを交替で引きながら、笛を吹き、かけ声をあげ、思いっきりハネる。カラースプレーで髪を染めたり、目の上にはアイラインを引いたりもした。今で言う「ビジュアル系」のハシリである(まあ、顔はともかく)。地元では弘高ねぶたと言えばそれなりに有名なので、沿道には見物客も結構おり、その視線を意識しながら派手にハネる。友達と手を取り合いながら、あるいは1人で、若さを爆発させるように、何も考えずひたすら踊りまくる。「世界中がきらきら輝いて見える瞬間」というものがもしあるとしたら、きっとこういうときのことを言うのだろうと、今にして思う。
 夕闇に染まる岩木山がそんな我々を遠くで見ているような気がした。

6 終わりに
 津軽を離れてもう17年になる。津軽で過ごしたのとほぼ同じ歳月になってしまった。仙台は気候といい利便性といい、本当に住み易くていい町である。こんな環境になれてしまった私には、もう津軽で暮らすことなどできないだろうと思う。でも、親兄弟はもちろん、昔の友達と話すときは今もどんな場所であれ必ず津軽弁に戻ってしまう。きっと、心の中では死ぬまで津軽人として生きて行くのだろうと思う。

 冷たく厳しい土地であった・・・。
 けれども、子供時代を子供のままに、伸びやかに育んでくれた大地であった・・・。

終わり

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2008年3月31日 (月)

私の故郷 津軽③~仙台弁護士会会報より~

引き続き、平成12年の仙台弁護士会会報に投稿した記事からの転載です。

今回は小学校3年生から6年生までを過ごした五所川原市(ごしょがわらし)というところのお話です。

---- 以下、転載 ----

4 五所川原市(ごしょがわらし)
 車力村から40キロ程南下したところに五所川原市はある。ちょうど津軽半島の付け根の辺りで、津軽平野のほぼ中心でもある。古くから交易の中心として栄えた商業の町で、私はこの町に来て初めて「デパート」なるものを見た。大きな病院やそれなりのコンサートホールもある。青森市や弘前市にはまだ車で1時間程かかるため、津軽半島の人にとっては長らくこの町が経済や文化の小中心であった。しかし、地方小都市衰退の流れには抗えず、この町も近時は活気を失いつつあるようである。

 私は車力村時代とは一変して、1キロ以上の道のりを歩いて通学する羽目になった。この辺りは雪が多い上にとにかく風が強く、冬はいつも地吹雪が横や下から吹き付けるので傘が役に立たない。小柄だった小学生の私は本気で吹っ飛ばされるのではないかと思ったことが何度もある。お隣の金木町(太宰治の生家があることで有名)では、最近、このような気候を生かして冬場に「地吹雪体験ツアー」なる企画を始めたそうである。私はとても「体験」したいとは思わないが、世の中、いろんな売り出し方があるものである。

 当時の私の家の裏手には広大な空き地が広がっており、かつ、すぐ脇を線路が通って土手になっていたため、冬になると土手が天然のスキーコースになった。いつも、土手の上から下の空き地に向かってミニスキーやプラスチックのソリで滑って遊んだものである。ミニスキーと言えばジャンプ台が「お約束」で、近所の子らと一緒になって雪ででっかいジャンプ台をこさえてはジャンプ比べをし、吹っ飛ぶように高く飛び上がっては雪の斜面に頭から突っ込んでいた。ミニスキーなど何本折ったか数えたこともない。

 小学校では野球部にも入った。下手くそで3年間補欠だったが、将来はプロ野球選手になりたいと恥ずかしげもなく公言していた。まさかこの年になって、弁護士をやりながらヘボ野球を続けていようとは想像もしていなかった。

 小学校を卒業する直前の12月、私は五所川原市を離れて弘前市に住むことになった。この位の年になるとさすがに転校がつらく、最後の登校日は泣く泣く皆と別れた。大人になってみると、車でほんの1時間程度の距離なのだが、子供心には今生の別れのようにさえ思えたものである。野球部の連中からはみんなで寄せ書きしたバットをもらった。私自身もそのバットに「努力」と書いたことをはっきり覚えている。あのバットは今どこにあるんだろう・・。

 何年か後、私が高校生の頃だろうか、久しぶりに五所川原市に立ち寄ってみたことがあった。その頃には裏の空き地はもうなくなっており、造成されて家が建ち並んでいた。なんだか、大事な物が1つ壊されてしまったような悲しい気持ちがした。

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2008年3月27日 (木)

私の故郷 津軽②~仙台弁護士会会報より~

引き続き、平成12年の仙台弁護士会会報に投稿した記事からの転載です。

今回は保育園から小学校2年生までを過ごした車力村(しゃりきむら)というところのお話です。

---- 以下、転載 ----

3 車力村(しゃりきむら-注:現在は市町村合併によりつがる村)
  車力村は市浦村を少し南に下ったところにある小さな村である。この辺りの産業は農業が中心で、米やスイカ、メロンなどが取れるが、冬場は仕事がないため、この界隈の町や村はいわゆる出稼ぎ労働者の供給源となっている。たまに都会の建設現場で出稼ぎ労働者の事故のニュースが報じられると、この辺りの人であることもあり、胸を痛める。
 私はこの村で保育園から小学2年生までを過ごした。

 私が入学した小学校は豊臣という集落にある分校であった。本校は少し離れたところにあり、小さいうちはそこに通うのが大変なため、1・2年のときだけ地区内の分校に通うのである。2年生の終わりには一応「卒業式」のようなことをやって本校に巣立っていく。従って、分校にいる生徒は1年生と2年生だけであり、各学年は1クラスずつしかない。当然、1クラスの人数も多い筈がなく、私のクラスは14人だけであった。「24の瞳」ならぬ「28の瞳」である。

 父はこの分校の教員をしており、おそらく宿直役を兼ねていたためと思うが、教員住宅は校舎と一体となっていた。即ち、学校の体育館と自宅が扉一枚でつながっているのである。
 私は「地の利」を生かして、朝はぎりぎりまで家で過ごし、始業のチャイムがなり始めると同時に扉を開けて学校に行くというような横着をしていた。学校給食もないので生徒は弁当持参なのであるが、私の場合は昼食の時間になってからうちに行って取ってくるので、1人だけいつもできたての弁当を食べていた。ひどいときには母にラーメンを作ってもらい、どんぶりをもって教室に戻って食べたりしたこともあった。
 「○○は俺の庭さ」という言い方があるが、とにかく扉1枚開ければ学校なのであるから、校庭の遊具も体育館も全てが私の庭であった。放課後はもとより、日曜日だろうが夏休みだろうがとにかくいつも学校で遊んでいた。両親にとっても、狭い家の中で走り回られるよりも体育館で勝手に遊んでくれる方がよっぽど楽だったのであろう。

 すぐ近くには雑木林もあり、木登りやアケビ取りをして遊んだ。アケビは今でこそ極くまれにスーパーに並ぶ程度で、珍味のような大きな顔をしていばっているが、当時は林の中で幾らでも取れたので、毎日何個も食べた。食べ過ぎると下痢するよとよく母に叱られたものである。白くて甘くねっとりした果実を口にほおばり、種をプププッと吐き出すときの快感は何とも忘れがたい。

 先生は、1・2年の担任各1名と父の3名であった。父は一応分校全体の管理者のような任務をしていたと思われるが、体育と音楽の授業だけは1~2年とも父が受け持っていた。私も父の授業を受けた訳であるが、学校では一応立場をわきまえて、父は私を他の生徒と同じく名前で呼び、私も父を「○○先生」と呼んでいた。まるで原辰徳親子みたいである(この喩え自体相当古い)。ときどき、授業に必要な道具を私が忘れたりすると皆の前で父に注意されたり立たされたりするのであるが、親子なだけにどうにもバツが悪かった。多分、父はもっとバツが悪かったと思う。

 クラスの友達もなにせ14人しかいないのであるから、男も女もなく、派閥もいじめもなく、本当に仲良く遊んだ(ただし、喧嘩はしょっちゅうした)。当時流行っていたフィンガーファイブ、城みちる、山本リンダ等の物まねを皆でしたことを想い出す。
 捨てられていた黒い汚い子犬を拾い、「熊太郎」と名付けて校庭の隅で皆で飼ったこともあった(もっとも、実際に世話をしていたのはうちの母だったとは思うが)。いつの間にかいなくなってしまい、泣きながら探した思い出がある。

 本稿を書くに